未来ユメ日記 by GG

夢、ゆめ、ユメ。未来に向けてユメを語ろう。教育・テクノロジー・地球の未来・歴史・ドラゴンズ・・定年退職を迎えた2012・4・1から、未来に向けてユメを紡ぐ

カテゴリ: 短期大学の日々

 爆発といったって気の弱い僕の事。怒鳴り散らしたのではない。
 「仕事ができない」「困っている」ということだけではなく、「他の課に迷惑がかかるが、それは自分の責任ではない」とか、「本部から割り当てられた役割が果たせなくても仕方がない」などと、やんわりとつぶやいたのだ。
 別に脅したわけではない。本当の事を言っただけだ。

 課長など男性諸君は沈黙している。女性陣も同じく沈黙。
 そのうちに、誰かが「いくらそんな事情があっても、権限外の事はできません」という。
 「分かりました。結構です。ま、事情はお話ししておきましたから・・・」と僕は、静かに引き下がろうとした。

 全体よりも自分の権限を守り、他の権限に踏み込んだり、踏み込まなくても調整をしようとしない姿勢は、官僚主義そのものだ。この官僚主義をなんとかしなくては我が大学に未来はない・・・とまで僕は考えたのだった。

 あとはトップと話すしかないな。
 学長か理事長に経過を話して、ここが官僚主義に凝り固まっているのか、そうでない傾向がありはしないか、それを見極めてやろうという気持ちだった。

 その時、古参の女性課員が声を発した。
 「買ってきてください。そうすれば研究室のパソコンにしますので、校内LAN接続もすぐできます」
 「僕が買ってきても良いのですか?」
 「ええ、ご足労ですが、お願いできますか」
 「もちろん、すぐにでも行ってきます」
 「ただし、納品書と請求書、それに領収書が必要です。お金は後日の払いになりますが良いですか?」
 「もちろん、異論はありません」

 僕は無言の他の職員に「皆さんもそれでいいですか?」と確かめた。黙って、うなづくばかり。
 ということで、自分で立て替え払いをすることになったのだが、現在はここまでのこと。

 その後の事は、後日の報告としよう。
 機械と書類はそろった。明日あたり手続きに向かう。

 そうと決めたら行動は速い。

 これまでの経過は、学内ではWin7をインストールできないほどのPC(それが第3号)と、調子が悪いので退役したPC(第2号機、3号機、4号機)が予備機となっているのだった。
 要するにまともなPCはないということだし、予算不足で新規の購入はしたくないという姿勢が見え見えの状態なのであった。

 PCが壊れました。
 じゃあ購入申請してください。
 手続きを教えて。
 PCから大学のドライブにアクセスして・・・
 おお、まさにカフカ的状況。アンビバレンツの罠。

 僕はこれ以上大学が何とかしようとしてくれないなら、自力更生の道を選ぶことにした。
 自分で買ってしまえば良いのだ。

 そうと決めたら、素早く行動しなくてはならい。
 で、近くのパソコン屋さんで中古のノートを買ってきた。なんということだ。値段は四万円弱ではないか。
 そりゃあ最新機種はもっとするさ。しかし、この春のサービス終了で無理やりXPから抜け出した大学としては、WIN8には未対応なのだ。

 WIN7のプロフェッショナルが稼働する程度の機種ならば中古がふさわしい。オフィス、メール、インターネットと写真整理が主目的なら中古で結構。なにせ「8には未対応」なのだから。

 一時間で目的を果たした僕は、購入したばかりのノートを持って情報センターに行き、LAN接続を依頼したのだった。意気ようようだったね

 すると出ました。また書類だ。
 「こちらの用紙に必要事項を記入して、待っていてください」
 「何分くらいで済みますか?」と質問する僕に、係りの人が胸を張って答えようとする。
 彼の発言を遮って質問を訂正。
 「何分じゃ無理なのかな?今日中でも良いんだけど」
 「そうではありません」。彼の声には張りがある。こいつはサディストか?
 「そうではなくて、申し出を次の委員会にかけて、そこで承認されたら接続処理をするのです」
 「・・・・・」
 そういえばそうだった。iPadを接続するまでに、45日も待たされたことを思い出した。
 聞けばナントカ委員会が次に開かれる日程は決まっていないとのこと。
 インターネットの速さには及ばないが、僕がニューマシンを調達してきた一時間に比べると、大学の時間は実にまったりとしているようだ。

 もう我慢の限界だ。
 というより、この八方ふさがりを抜け出さないことには全ての業務が進まないという情況が続くのだ。
 新学期が始まろうとしているのに、どうしろというのだ。

 僕は総務課に行って、僕は爆発した。

 すると・・・

 もういい。もう予備機には頼らない。研究費からであろうと私費からであろうと、まともなPCを買ってやるぞとという決意をしたものの、それをくじいたのがノートPCの存在だった。教務課にはそれがあるというのだ。

 教務課に走る。事情を説明すると気持ちよくノートPCを出してくれる。
 貸し出しノートに要件を記入していると「来週から非常勤講師が授業で使いますので、貸し出しは今週いっぱいにしてください」とのこと。
 「明日までですか?」
 「そうですね、今日が木曜日で明日が金曜日ですから」
 第5号機はまともに動いたものの、僕にとっては2日間の命だった。

 ノートPCを肩にかけながら総務課に向かう。
 「ありがとうございました。ノートを借りました」というと、関係者がみな明るい顔をしてくれる。問題解決で、もう僕の苦情から解放されると思ったのだろう。
 その思いを僕は淡々と冷酷に打ち破る。
 「でも明日には返さなくてはならないので、それからの僕はどうしたら良いのでしょう? 問題は全然解決していませんよ。メールは見えないし、ファイルは受け取れないし、高校へ行くための手順や資料も取り出せない」
 「予算はないし、買うとなったら個人研究費から買うことになりますからね」
 ここで僕の気持ちは固まったので、それを伝えたね。
 「個人研究費だろうが私費だろうが、とにかくPCがなくては仕事にならないので、購入します」
 「じゃあ、見積もりと請求書を提出してください」
 「書式はどうしたら良いのですか?」
 「ドライブにありますので、そちらに記入してください」
 「ですから、ドライブにアクセスできないのですから、と言っているのですが」
 「そうですね。申請書だけでも良いですよ」
 「申請書はどこ?」
 「Lドライブに」・・・・申請書などというまどろっこしいことは迂回して、個人でPCを買うことにした

 翌朝、朗報が入った。情報センターからだ。
 「使えるPCがもう一台、総務課にあります」とのこと。
 第4号機の登場だ。
 ここまでくると冗談では済まされなくなってくる。気が長いと評判?の僕の表情は、いくらか固くなっていたのかもしれない。
 総務課に入ると同時に関係課長が注目してくれて、慰めるような、戦列復帰を願うような声をかけてくれた。そしてすぐに話題の第4号機が運ばれて来た。

 ところで僕は、以前にiPadの接続許可を貰っておいて良かったなと、自分の先見の明に感心する。
 それは学内Wifiへの接続許可という価値のないものでしかなく、学内LANへの接続は不可能なものだった。とはいえ、OWAへのアクセスができればメールの送受信は可能なのだ。

 メールによって「・・・○○となりました・・・」とか「・・・添付ファイルをご覧ください・・・」という情報は把握できる。
 しかし、「・・・×ドライブをご覧ください・・・」、「・・・ドライブにアップしておきました・・・」と言われても、アクセスできないのだから仕方がない。

 さらに、「・・・YドライブのZファイルに記入してください。締切〇日厳守・・・」などというメールにはお手上げだ。手が出なければ足を使うしかない。発信元の先生の所をリアルに駆け回って、返事をリアルに報告し、打ち込みをお願いする。
 「先生からのメールの件ですが、私からの報告は・・・」と言いかけると、「わざわざ済みません。でも、メールで送っていただければコピペしますので・・・」とか「先生、エクセルに書きこんでいただければ良かったのですが・・・」と言われる。
 要するに、メールでの返事なり、フィルへの書き込みが求められているのであって、リアルな返信はかえって迷惑なのだ。
 そこで第3号機までの顛末を話す。
 相手にとっては「PCが使えない」というだけの話で、要するに言い訳としか聞こえないだろう。それでも、幾ばくかの同情を引き出すことができれば、ファイルに記入する手数をいくらかでも分担してやろうという気持ちになってもらえるかもしれないというものだ。

 で、4号機。
 これも、ご期待通り、立ち上がることもなくベンチに引き返してしまったのだった。情報センターと総務課とは、連携がとれているのだろうか?

 「他に予備機はありますか?」と尋ねる。第5号機、第6号機はあるかと問いかけたのだ。
 「ありません」という明快な答え。

 4号機は思い出深い仲間となった。
 4号機を運んだ時、両腕で抱いていたようだ。
 彼の不調が決定的になったころ、両腕に斜めのスジが痒みとともに生じ、数分でスジの幅が2センチほどに広がった。
 痒い。
 二の腕の中側。肘の上から小指の付け根にかけて赤い筋が浮かび上がり、しかも猛烈に痒くなった。第4号機の隙間とピッタリ符合する。隙間にダニが生息していて、それが僕の腕に飛び移っていたずらを始めたに違いない。PC第4号機は、PCとしての役目を終え、ダニの巣になっていたのだった。

 こうなったら、個人で買おう。それが僕の決心だった。

 総務課で出してくれた第2号機君は、結局使い物にならなかった。

 なにをどうしたかは思い切って省いてしまおう。
 彼の経歴を語るだけで十分だからだ。
 実は彼は退役者だったのだ。

 第1号機の顛末を同僚に語ると、Hさんがまるで同じストーリーを語り始めた。
 転勤でこの職場に来た時に彼の研究室にあったPCのスイッチを入れると、立ち上がりに恐ろしく長い時間を必要としたとのこと。そして、何かをするたびに数分から数十分、場合によっては数時間もかかるので、彼はその機械を総務課に持参し、予備機に代えてもらったとのこと。
 以来順調に仕事をしているという物語だった。
 彼は「やっぱりお仕着せの機械は始めにきちんと点検してから使い始めないと恐ろしくて仕方がない」という教訓を与えてくれた。

 教訓はよい。それは僕自身が身に染みて分かった事なのだから。
 僕には有りがたい教訓よりも、生臭い事実に興味をもった。

 「で、そのPCは以前に誰が使っていたのですか?」
 答えを待つ者は真実が明かされるのを前にして、心が波打つものだ。しかも答えを予感する者は、予感が外れることを期待しながら、予感が当たってしまうのではないかと恐れている。

 「たしか僕の研究室を前に使っていたのは、W先生とかいう方だったようですよ。PCの管理票にもそう書いてありました」
 ビンゴ!
 今の自分の研究室にあるPCの管理票にはW研究室とは記入されていない。
 K研究室と書いてある。
 しかしビンゴなのだ。
 何故なら、「W研究室」と書かれた紙をはがして「K研究室」と書いた紙を貼ったのが他ならぬ僕だったのだ。

 こうして第2号機を返しに行くと、これなら提案されたのが第3号機だったというわけだ

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