未来ユメ日記 by GG

夢、ゆめ、ユメ。未来に向けてユメを語ろう。教育・テクノロジー・地球の未来・歴史・ドラゴンズ・・定年退職を迎えた2012・4・1から、未来に向けてユメを紡ぐ

カテゴリ : 学校の先生

こうして山ちゃんがこの学校での最初の熱烈な支持者になった。彼は長く努めてきただけに管理職のすすめる「新兵器」が厄介なものであることを知っており、またPCをかなり操れるだけに「そう簡単には実用性がない」と思っていたのだ。つまり裏側を強く感じるだけに反対の気持ちが強かったのだ。

しかし、PCの威力は予感していたのであり、「時には管理職も良い提案をすること」があり、「そんな機会は逃さないように固定」するべきだと思っているのだ。それが彼が即時方向転換の理由だった。

具体的な業務から見ると、通知表作成の「\績処理、一覧表作成、6橘魁Χ菊点検、0賤表からの転記、ぢ佝翕生 ↓ゲ^、終業式での手渡し」といった流れから、とい消えてしまった。山ちゃんも一転して大賛成である。

山ちゃんは「通知表PC化」と聞いて、これまでの業務に加えて研修があり、作業が増えると思っていたらしい。お上からの多くの「改善」は確かにそのようなものであった。書式通りの紙の報告はこれまで通りに提出せよ、そしてそれに加えて、電子データでも報告せよ。というように。

通知表作成で、0賤表から通知表への転記とぐ賤表と通知表とを対比点検という作業ほど面倒なものはなかった。担任は自分が作った一覧表から通知上に書き込む。時には自宅での夜なべ仕事や休日出勤が必要だった。

教務主任にとっては、6橘骸臟い箒菊による点検、ぐ賤表と通知表とを対比点検は、数百枚の通知状を自宅に持って帰る訳にもいかず、学校で遅くまでの作業となった。 しかし対比点検ほど眠気を誘うも作業はなく、誤字脱字、文章表現の見落としはかなりあったに違いない。

教務主任はクラスごとのファイル作り続いて、「記入の要領」と「一覧表打ち出しサンプル」を作って、学期末の作業に入る前に説明して回った。すでに多くの教師がエクセルで下書きをしていたので、「ああ、このファイルに入れればいいんだね」といった程度の説明で十分だった。

いよいよ学期末である。教師たちは成績を集計し、所見を考えながら自分のクラスのファイルに成績を記入し始めた。ちなみに通知表には、評価と評定と所見、それから出欠などの記録が記入される。観点ごとの成績が評価であり、それを集計して教科ごとにくくったものが評定である。

山ちゃんは「校長さん、PC化でもいいし、手書きでも良いと言ったよね」と言いながら打ち出した一覧表を提出してきた。彼も教務主任作成のファイルに記入していたのだ。そこから彼は「手書き」にしていくつもりだった。それが許されるのかどうか確認したかった。

校長は「手書きでもいいよ、約束だから」と言いながら彼のクラスの「紙の一覧表」を受け取った。そして自分のパソコンから「通知表フォルダー」を開き、彼のクラスのファイルを開くと「お約束のボタンを押した」のだった。すると・・・

校長は裏切らない。手書きでも良いといった以上は手書きで結構だと思っている。時代の常識から考えて、プリントアウトされたものが奇異な感じを与えるとは思わないし、保護者に大きな反発があろうとも思っていない。ま、数件の異論は出るかも知らないがとは思っていたが。

「もちろん約束だから手書きでもいいよ」。そう言いながら、ファイルに設けられた「お約束のボタン」を押した。校長は内心「枚数は3枚くらいにしておこうか」と考えていた。

校長はそう見えたが、本当に妥協したのだろうか?実はいつかは全員がPC化するという確信があったのではないか。その手応えは「一覧表のPC化」をほとんどの教師が歓迎したことによる。いや、“いつか”どころかすぐにでも完全実施できると踏んでいたかもしれない。

それはある確信があったからだ。その確信とは「PCを良く考えて活用すれば、教師の雑務を減らすことができる」というものである。費用対効果をコストパフォーマンスという。教育の、まずは機械的な事務部分でのコストパフォーマンスをPCが減らしうる。

しかしそれには、教務主任の努力が必要だった。彼はサーバーに「通知表>>○年○組」というフォルダーを作り、二つのファイルを用意しておいた。いやファイルは一つだったかもしれない。

とにかく共有サーバーの「○年○組フォルダー」には、一覧表ファイルの他に印刷用のファイルあるいは印刷用の仕組みが用意されていたのだ。彼は元ファイルのコピーを24ほど作った。それはそれで眠くなるような作業だっただろう。

しかし彼の努力は「何百回も辞書をひく」という作業をなくすことによって報われる。文字の点画のありようについてはPCの、詳細はわからないが魔法のような仕組みが確保してくれる。文の構成だってPCがチェックしてくれる。

0賤表がOKとなると、通知表への転記のはこびとなる。一覧表から成績と所見を通知表に書き写すのだ。うっかり行を間違えたりすると他の子の成績を記入してしまうことになるので、間違えないように慎重に作業する。

一学期の通知表は間違えても用紙さえあればなんとかなる。しかし二学期三学期となるとそうはいかない。すでに前の学期分が記入してあるからだ。間違えた場合は「砂消しゴム」という消しゴムで、それと分からないように慎重に消したものだ。そんな時に電池駆動の電動消しゴムが便利だった。

い楼賤表と通知表との対比点検だ。一覧表にクラス分の通知表を挟んで、輪ゴムでとじて提出する。それを教務主任と教頭が、正しく転記されているかどうか、誤字はないかと点検する。この時点で転記ミスが発見されると悲鳴が上がる。

ッ看い塙残垢硫^。担任はい涼奮で押印して提出している。あとは校長の点検と押印だ。ここに来るまで担任の緊張の作業と教務主任と教頭の子どもの数×ここまでの手順の作業が終わることになる。

校長の作業に限っても、数百枚の通知表を読みながら押印するのはなかなかの仕事量だ。もしもなまけ者の校長がろくに読みもしないで印鑑を押すだけの途を選んだとしても、校長の利き手の人差し指の付け根は赤くなって痛みを覚えるようになるに違いない。

こうして、いよいよ「終業式で児童への手渡し」となる。しかし「渡して終わり」となるわけではない。保護者から質問や不審や、時には異議申し立てがあり、また時には泣き落としに近いお願いが入ることもある。
それは、また別の物語で語ることにしよう。

通知表は次のような手順を経て作成される。\績処理、一覧表作成、6橘骸臟い箒菊による点検、0賤表から通知表への転記、ぐ賤表と通知表とを対比点検、ッ看い塙残垢硫^、終業式で児童への手渡し。

,寮績処理は文字通り成績処理だ。テストや作品評価を記入したいわゆる閻魔帳を集計して、教科や観点別に成績をはじき出す。ずーっと以前は54321の割合の縛りがあって、その正当性をめぐっての議論があったが、今では縛りはないというか、あまり厳しくはない。

△琉賤表作成とは、子ども一人ひとりの成績を一覧表にしたもので、半ば公的な表である。通知表自体は子どもに渡してしまうので、この表が学校控えとなる。大抵は学期ごとに閉じられて金庫に保管される。

の教務主任や教頭による点検とは一覧表の点検である。一覧表は「成績」と「所見」の2種類になるので、一方は成績の状況が点検され、他方は文章の内容や表記が点検される。

成績については個々のテストや作品に目を通すわけではないが、子どもの様子については日頃の観察や担任の話からの情報があるので、それと大きく食い違う成績がついていたりすると「これは間違いではないか」ということになる。

また、成績の芳しくない子どもについては、日頃の保護者との連絡や相談の内容が念押しされる。子どもへの関わり方について助言や反省や新しい工夫を話し合うきっかけとなることもある。

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