未来ユメ日記 by GG

夢、ゆめ、ユメ。未来に向けてユメを語ろう。教育・テクノロジー・地球の未来・歴史・ドラゴンズ・・定年退職を迎えた2012・4・1から、未来に向けてユメを紡ぐ

カテゴリ: 生かす言葉、生きる言葉、イカス言葉

 ハイブリット車と、プラグインハイブリット車と、電気自動車の闘いが始まった。

 用語整理!

トヨタは HV
 これは今のプリウスだね

トヨタは PHV
 トヨタ自動車は14日、家庭用電源で充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)「プリウス プラグインハイブリッド」を市販すると発表した。


電気自動車は EV
 EVでは三菱自動車が7月に「アイ・ミーブ」を発売した。
 日産自動車も来年に5人乗り「リーフ」を日米欧で投入する。
 独ダイムラーは12年。
 フォルクスワーゲンは13年に小型EVの一般販売を始める。

 今夜も辻井信行さんのピアノを聞いている。
 これがなかなか快い。

 音がひたひたと押し寄せてくる。とはいえ押し付けがましい程ではない。
 そのように控えめなのだが、よそよそしいわけもない。
 キーボードに向かえば意識の外に出て行ってくれるので、ボリュームが下がったように感じられる。
 そしてそこから眼を上げると、自然に音量が増して再び聞こえてくる。
 なんだか暖かい会話をしているようだ。
 そんなわけで、いやみというかいやらしさがない。

 こうした演奏にはなかなかめぐり合えないものだ。
 世の中には、リズムが正しくて音運びも狂っているわけではないのだが、どこかでなじめない音楽というものが存在する。そんな曲は一度聴いただけで遠慮したい。
 また、いくら名指揮者名演奏家のものでも、どこか鼻の高さが感じられたり、おもねる感じがしてべったりと纏わりついてきたり、強引に引っ張っていこうというわがままが感じられる曲には閉口させられる。
 
 そんな曲はCDの演奏が終わった時に「やれやれ、やっと終わったわい」と感じていたりするのだが、辻井さんのピアノの場合はどうだろう。
 ほぼ無意識的にプレーヤーに近づき、ほら、またONのスイッチを押してしまった。
 ここに音があることが快いのである。


 先日のテレビ番組でのこと。
 「普通の人に見えないものが、僕には見えるような気がします」
 という言葉に衝撃を受けた。

 それは実に重層的な言葉だ。
 「実は自分なりに見えているのです」
 「あなたとは違うものが見えているのです」
 「自分にしか見えないものをピアノで伝えます」
 ということなのだろうが、しかしこうした言葉を受け止めたおやぢは自問する。
 見えるってなんだ?
 自分は、確かに見ているといえるのだろうか?

 こんなインタビュー記事があった
 【「1日だけ目が見えるとしたら何を見たいか」という質問を受けて、「一番は両親の顔を見たいし・・あとは友だちの顔とか、星とか、そういうのが見てみたい」と、キラキラした“まなざし”で語った。「でも、今は十分、心の目でそういうことが見られているので、満足しています」と結ぶ。】

 報道ステーションのあの方は「皆さん、お忘れではありませんか」となど言っていた。
 また次期自民党総裁に色気満々のあの大臣は、流行の要因に「国民の慢心」と述べた。

 おやぢは「国民って、僕ですか?」と言いたい。

 もしも、集団感染終息宣言(福岡市)、旅行安全宣言(金子観光立国大臣)、「感染拡大恐れ低い」(佐賀県)などと述べた人々を指すのなら、はっきりとそういってもらいたい。

 人は、見たいものだけを見られるようにできているらしい。

 インフルダイジェスト、いつまで続けようかと思案している。
 みなさんのご意見をいただきたい。

 ニュースを見ながら、こんな言葉を思い出しました。

 「心太虚に帰すれば、則ち非常の事も皆亦た道」

 大塩平八郎の言葉ですね。陽明学です。


 陽明学者と言えば、吉田松陰。


 知行合一という、厳しい言葉があります。

 なんだか抽象的で申し訳ない・・・

言葉はいりません!!

IMG_0928IMG_0916IMG_0886

↑このページのトップヘ