未来ユメ日記 by GG

夢、ゆめ、ユメ。未来に向けてユメを語ろう。教育・テクノロジー・地球の未来・歴史・ドラゴンズ・・定年退職を迎えた2012・4・1から、未来に向けてユメを紡ぐ

カテゴリ: 生かす言葉、生きる言葉、イカス言葉

 一揆と言うと、江戸時代のことかと思われがちだが、明治の初期(1870年代)に、実は多くの一揆がおきている。

○ 血税一揆
 徴兵告諭にあった「血税」という言葉を「本当に血を税として差し出す」という意味に勘違いした者や、単純に徴兵制に反対した人たちによっておこされた一揆

○ 学制反対一揆
 名前のとおりフランスをモデルに作られた「学制」に反対する人々が起こした一揆。当時、農家の子供というのは重要な働き手であり、また学校で勉強をするための学費などは自己負担だったため、農家は学制に反対したのだ。

 明治時代初期、学校設立を定めた学制に反対しておこった一揆。学制が強制的に実施され、学校の建設費や授業料が国民負担であったことなどから、各地で学校を焼き打ちするなど民衆の抵抗を受けた。1879年に教育令にあらためられた。

○ 地租改正反対一揆
 これも名の通り地租改正に反対する一揆。江戸時代の税制(年貢制)を改め、新しい税制を定めた地租改正であったが、金納(米でなく金で税を納める)であったり税率が地価(土地の値段)を基準に定められていたりしたため、結局として農民の負担は重かったのである。

カ?ンシ?ーの「七つの社会的大罪」

 ?「理念なき政治」
 ?「労働なき富」
 ?「良心なき快楽」
 ?「人格なき教育」
 ?「道徳なき商業」
 ?「人間性なき科学」
 ?「犠牲なき宗教」

いつかも書きましたが、政変がある度に思い出します。

【サランラップ】
銃弾や火薬などを湿気から守るため開発されたものを、ピクニックでレタスを包み、食品用に使える事に気付くきっかけとなった二人の技術者の妻の名前、サラ(Sarah)とアン(Ann)にちなんで名付けられたのは有名な話。

 山口県の教育者が考えられた僧です

 □□ 子育て四訓 □□

 1.乳児はしっかり肌を離すな

 2.幼児は肌を離せ、手を離すな

 3.少年は手を離せ、目を離すな

 4.青年は目を離せ、心を離すな

【黒船来航(1853年6月)にあわてふためく江戸幕府の様子を風刺した狂歌「太平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)(お茶の銘柄。蒸気船とかけている) たった四はいで夜も寝られず」が、ペリーが浦賀沖(神奈川県横須賀市)に来航した直後に詠まれていたことを示す書簡が東京・世田谷の静嘉堂(せいかどう)文庫で見つかった。

 この狂歌は、1878年(明治11年)の史料で確認されるのが最初で、後世の作との説も出てきたことから、現在は、多くの教科書が記載を見送っている。新資料の発見で旧来の説が裏付けられた形となった。

 発見したのは、専修大学元講師の斎藤純さん(62)。常陸土浦(茨城県)の薬種商で国学者だった色川三中(みなか)(1801〜55年)あての書簡を集めた「色川三中来翰集(らいかんしゅう)」のうち、江戸の書店主、山城屋左兵衛からの書簡にこの狂歌が記されているのを確認した。

 書簡は53年6月30日付で、異国船が来て騒動になり、狂歌や落首が色々作られたと説明した上で、「太平之ねむけをさます上喜撰(蒸気船と添え書き) たつた四はいて夜るもねられす」の狂歌も記している。

 これまで「眠り」とされていた部分が、今回の狂歌では「ねむけ」となっており、岩下哲典・明海大教授(日本近世・近代史)は「最初に詠まれた時すでに、『眠け』と『眠り』の異なった狂歌があったのか、もともと『眠け』と表現されていたのか。今後、さらに研究が必要だ」と話している。(3月8日14時40分配信 読売新聞)】

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