こうした議論の中で彼は言いました。「封鎖をしなくてはならないという方針は諒解した」「しかしだ、それは時間的、空間的な規定があるのか」「そんなものはないだろう。だったら微分で行こう」
 その意味は、誰かが補完しなくてはわからないものでした。

 「微分ってなんだ?」
 「一年でも一日でも封鎖は封鎖という事か?x軸の長さは決まってないんだろ」
 「どんどん短くして、一時間でも一分でも封鎖だなあ」
 「じゃあ一点にする手もある」
 「ああ、封鎖はできるし、機動隊は導入しようがない」
 ということで、ああいう方針になったのです。突入し、封鎖を宣言し、即時の撤退を「自主的に行う」という方針です。

 解除したとか排除したとかという前に、瞬間的に退去することになっていたのです。ただし、先にも言いました。疎漏があったのです。

 校長室の様子を見に行った生徒が、その隣で会議が開かれていたことまでは把握できなかったのです。
 で、封鎖宣言をする余裕があったのかなかったのか。突入生徒の名誉のために氏の文の一部を引用して「宣言した」と思っています。なにしろ「立てこもった生徒たちを・・・」と書かれているのですから。