11月11日を封鎖の日と思い込んでおられる先生方が、氏以外にも多すぎるのではないでしょうか。

 あの日の主目的は、全校集会にあったのです。
 もちろん全闘委の諸君にとって封鎖は避けることのできない目標ではあったのですが。

 封鎖の意味と限界についてどれだけ議論を行ったか、今でもありありと思いだします。疑問を多く投げかけた私は、全闘委諸君の非難の対象でした。クラブハウスの三階では日々「ナオヤ、ナンセンス」のデモが練り歩いていたほどですから。

 Xデーを11日と決めたのは、それこそ11日の朝の事です。それも決行の一時間ほど前に過ぎません。それまでに、実は綿密な計画が出来ていたのです。

 この歳になっても「ここからは書きたくない」「書いちゃだめだ」と、私の本能がブレーキをかけます。それは機動隊への恐れではありましたが、それ以上に学校当局への畏れでした。
 私たちは、東大や日大、日比谷高校や青山高校での悲惨な非教育的な結末、「措置」を学んでいたからです。
 あの一日の緊張を思い出しながら、「50年近い昔の事で、今さら処分も逮捕もあるまいよ」と自分に言い聞かせながら、書くことにしましょうか。

 迷惑の掛かりそうな人がいたら、早急にお知らせください。
 一人でも「書いちゃだめだ」と言われれば、書きません。