「学校教育の充実のために教員を増やせ」という主張があるけれど、この財政難のおり、しかも教育には無関心というか教師任せのこの国で、まさか増やされるとは誰も思いはしていないだろう。人々は無理と知りつつ言うべきことを言っただけなのだ。

 教育の充実のためには教師の数を増やさなくてはならない。それが無理なら教師の仕事から無駄を省く。そうすれば実質的な人員増となる。では、はたしてどれくらい無駄があるのか、あるいは無駄を省くような何か良い方法があるのか。ITの進化がそのカギを握っている。

 「教育にIT」というと、すぐに「指導を機械にやらせるのか?非人間的になる!」という声が聞こえてくるが、それはあまりにも学校という仕事を知らないというものだ。学校には指導・教育以外の業務がたくさん転がっている。教師はその職務の何割かを教育以外に喰われている。

 無駄の例えの第一が履歴書である。それは現代でも手書きだ。手書きは「温かくて心がこもっている」という人もいるが、他に心を込めるべきところはいくらでもあろう。転勤した時の最初の仕事が履歴書書き。原本を持ち歩き、転勤のたびにその学校用の履歴書を最初から手で書く。

 履歴書は原本が一つと複本が3つ必要だ。県教委用、市町村の教育委員会用、学校用である。原本と県、市町村は必要事項を書き足していく。学校用は転勤の際においてくる。だから新しい学校に赴任するとその学校用を新調するというわけだ。だから、最初の仕事が履歴を手で書くということになる