むかしむかしこの本地ケ原一帯はうっそうと茂った「白山」とよばれた森でした。
 この白山には一人の天狗が住んでいて「なまけ者はいないか、泣き虫の子はいないか」とさがしていました。
 村の人たちは泣いてばかりいる子や、ひどいいたずら坊主に「そんな子は天狗がさらっていくぞ」と言ったものでした。

 あるひ天狗は猿投山に急用があって出かけることになりました。
 ひとっ飛びに飛んでいくには少しばかり遠いので、がけの上にあった石を踏み台にして「えいっ」とばかりに飛んでいきました。
 その時いつもより強く踏んだので、石の上にかかとがめりこんで、あとが残ってしまったということです。

 その時の岩が「天狗のかかと岩」です。
 昭和50年ころまで長坂町の矢田川の南のがけにありましたが、本地ケ原一帯が住宅地になっていくと、本地ケ原神社の境内に移されました。


 なおこの本地ケ原神社は、今の白山の山の上にあった白山神社を再建したものです。
 大昔に祀られてその後忘れられ、明治の頃からは稲葉と本地ケ原の守り神であったものが、昭和45年に本地ケ原神社として再建されました。


 この岩、7世紀ごろに作られた市内で唯一の横穴式の「天狗岩古墳」の天井石のひとつだったと考えられています。