このあたりの数字は、愛知県開拓史という本から転載させてもらっています。

 それによれば、本地ケ原開拓地では、昭和31年までに道路17.9キロメートル、送電2キロメートル、送排水菅3.3キロメートルの工事が行われたとのこと。

 また開墾作業については、24年までに畑47ヘクタールが拓かれました。
 その後、33年までに畑98.5ヘクタールと田93ヘクタールが、さらに43年度までに田23.5ヘクタールが拓かれたとのことです。

 ちなみに伊勢湾台風は1959年(昭和34年)、愛知用水の開通は1961年(昭和36年)でした。

 入植施設補助工事としては、24年度までに住宅新築196戸、25年から33年の間に、住宅16戸、教室増築1棟(25年)、分教場2棟(27・28年)、電気導入1戸(33年)、住宅災害復旧34戸となっています。

 そして34年以降とあるのは伊勢湾台風の被害からの復旧が多かったのでしょう。住宅災害復旧50戸(34〜36)、農畜舎災害復旧80(34〜36)、共同作業場復旧3棟(35)、住宅改築2戸、飲用水施設3箇所、電気導入1戸(38)でした。

 教室増築1棟(25年)、分教場2棟(27・28年)とあるのが本地原小学校の揺籃期です。