○ 入植者の内訳

「愛知県開拓史」によれば、本地ケ原地区への入植者の出身地別、前の職業別内訳は次のようになっています。

 述べ入植戸数は、188戸でした。

 当初の入植者は150戸でしたが、昭和20年から34年以降までに開拓地を離れた戸数が40軒あり、一方追加の入植者が38戸あったため、昭和46年ころの開拓農家は148軒となっています。

 その出身地は、
 尾張旭市・・・11、名古屋・・・75、その他愛知県内・・・70、長野県・・・12,その他の県・・・20の、計188戸となっています。
 全国から集まったといわれていますが、ほとんどが愛知県内の人であったことが分かります。

 では入植した人々の前の職業はというと、
 農家経営者かその長男・・・27,農家の2・3男・・・13、軍人・・・34、自営業・・・19、会社員・・・71,公務員・・・11、その他13の、計188戸です。
 以上のうち、海外からの引揚者は18戸でした。

 軍人というのは、名古屋にあった第三師団の人々ですが、彼らの軍人以前の出身は不明です。その全員が農家出身であったとしても、農家出身者とそれ以外の出身者の割合はほぼ半々と言って良いと思われます。

 主に愛知県出身で、農家出身者が約半数の人々が入植したのでした。